サウナという空間には、不思議な力がある。高温の部屋に腰を下ろし、じんわりと体の芯まで熱をため込む。ゆっくりと息を吸うたびに肺に温もりが広がり、時計の針が遅く進んでいる気がする。だが、耐えているうちに心拍がリズムを刻み、頭の中の雑音が徐々に消えていく。私がよく行く銭湯では、テレビがあり、本当はいらないと思っている。

10分ほど汗をかいたらシャワーで清める。そして水風呂へゆっくり沈む。決して飛び込んだりしない。全身が水風呂に浸している部分あ、グンっと引き締まり、細胞ひとつひとつが覚醒するような、心地よい衝撃が走る。そのあと外気浴に身をゆだねると、風が肌をなで、血流のうねりが静かに体をめぐる。視界が少しぼやけたと思えば、クリアになり、またボヤけたりクリアになったり。。。

その時間が、「ととのい」なのだろう。私そう解釈している。言葉にすれば陳腐だが、一度体験すると忘れられない境地である。

医学的にも、サウナは血流促進や自律神経の安定に効果があるとされる。だが数字や研究結果を持ち出すまでもなく、体感がすべてを物語る。肩の重さが消え、心の曇りが晴れる。サウナは、現代人が自らをリセットするための最もシンプルな装置なのだ。

また、サウナは社交の場でもある。特にフィンランドではそうだ。肩書きや立場を超えた奇妙な連帯感が生まれる。隣に座った知らない人と、ただ「暑いですね」と言葉を交わすだけで、不思議と心がほどける。そこには余計な飾りがない。誰かが時を見計らって、ロウリュをする。

入る前と出た後では、別人のように思考が澄みわたり、前へ進む力が戻ってくる。サウナは単なる娯楽ではなく、生きるための習慣である。

これから秋が深まり、夜風が涼しくなる季節は、外気浴の最も気持ちよい時期だ。湯上がりに空を仰ぎながら椅子に身を沈めると、モヤモヤした気分も遠い出来事のように感じられる。サウナとは、日常の隙間に現れる小さな非日常であり、現代人にとっての救いの場所なのだ。

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